嘘から出た渾身の真実!奈良・法隆寺には歴史を揺るがす7不思議が存在した!

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嘘から出た渾身の真実!奈良・法隆寺には歴史を揺るがす7不思議が存在した!

奈良・法隆寺(なら ほうりゅうじ)近年では、神社やお寺にて、怪奇現象をその肌身で感じられ方も増加しており、その怪奇現象の一種ともいえるのが「七不思議」と呼ばれるものです。

古よりの伝承を重ね、今も古来の造形を維持している神社やお寺もありますが、そのようなお寺や神社には、謎や不明なものが多いのも事実です。

法隆寺の七不思議【その1】「鯛石(たいいし)」

法隆寺の七不思議【その1】「鯛石(たいいし)」

法隆寺「鯛石」の由来・歴史

「鯛石」は「たいいし」と読み、南大門前の足元に大きな魚の鯛の形をした石が埋め込まれています。
昔、大和川の氾濫で大和盆地(奈良盆地)に洪水の被害が出ても、法隆寺の南大門から先に水は来なかったということから、魚や川の水はこの石がある所までしか来ない、つまり水害のお守りであると言われています。
そんなことから「鯛石」を踏むと水難にあわないという話もいつからか広まっているそうです。

法隆寺・鯛石に関しては当サイトの以下↓の別ページにてご紹介しております。

法隆寺の七不思議【その2】「五重塔の大鎌」

法隆寺の七不思議【その2】「五重塔の大鎌」西院伽藍の金堂付近には法隆寺が誇る国宝・五重塔があります。

五重塔の頂には相輪(そうりん)と呼称される金属の支柱が据えられており、その相輪にはよく見ると「大きな鎌が4つ」刺さっています。

「鎌」と言えば「死神」をイメージしてしまい、まったくもって奇妙な話です。

実はこの大きな鎌は「落雷避けのお守り」だと言われていますが、この鎌の由来には諸説あり、その他の説としては「聖徳太子の怨霊封じのため」などや「鎌が上向きに見えたらその年は豊作になる」などと言った説もあるようです。

何にせよ重塔の相輪に「鎌」が据えられているのは日本広しと言えど、ここ法隆寺・五重塔のみです。

五重塔のテッペンに据えられていますので肉眼では見にくく、目を細めてやっと見えるか見えないかと言ったところとなります。

鎌の細部まで見るためには、やはり双眼鏡やポケットグラスが必要になるかもしれません。

法隆寺・五重塔「大鎌」に関しては当サイトの以下↓の別ページにてご紹介しております。

法隆寺の七不思議【その3】「伏蔵の宝物」

法隆寺の七不思議【その3】「伏蔵(ふくぞう)の宝物」「伏蔵」とは「ふくぞう」と読み、「西院伽藍の南西」や「弁天池の向かいにある大湯屋(おおゆや)の表門前」などに「しめ縄」で囲まれただけの場所があります。

これらの「伏蔵」は法隆寺の境内に3つ存在しており、いわゆる一種の「蔵」となります。

しかしこの「伏蔵」、ただの「蔵」ではなく、なんと!「地中に埋まっている蔵」になり、誰もみたことがないと云われています。

そんな理由からこの「伏蔵」は「法隆寺の七不思議」と云われています。

しかしご安心を。誰も見たことが無いのは地中の伏蔵の内部だけでの話であり「伏蔵」が存在すること事実です。


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伏蔵の役割

ではいったい、この伏蔵の中には何が収めれているのかが気になってくるところですが、一説では建物が倒壊しないように祈願するための「鎮壇具(ちんだんぐ)」と呼称される宝物が納められていると云われています。

そしてこの伏蔵ですが、なんと!法隆寺の創建時から存在していると云われており、鎮壇具の種類としては金銀、瑠璃、鏡などが埋められていると云われています。

ちなみに同じ奈良に位置する東大寺や興福寺でも、同様の鎮壇具が存在していますがいずれの寺院の鎮壇具も掘り出されています。

つまり、東大寺や興福寺の前例から、法隆寺の伏蔵に埋められている鎮壇具も同様の物であると示唆されています。

また、法隆寺の伝承によると、伽藍の建造物が倒壊や破損した時に、この鎮壇具を売り払って修理費に充てれるように・・などと言った一種の「教え」が残されているようです。

つまり、上記のような「緊急時以外は絶対に開けてはならない」と言った事になります。

ちなみに法隆寺の危機と言えば、明治初頭に発令された「神仏分離令」によって「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」が日本全国規模で行われ、法隆寺の伽藍の壁が壊されたり、宝物が盗まれると言った事態が起こっています。

しかしそれでも伏蔵を開けることだけはしなかったそうです。

つまり法隆寺の伏蔵は、創建以来、誰も開けたことがない「謎に包まれたままの蔵」と言うことになります。

法隆寺の七不思議【その4】「因可池のカエルは片目がない」

法隆寺・因可池(よるかのいけ)因可池は「よるかのいけ」と読み、かつて聖徳太子が住んでいた斑鳩の宮の側に存在していました。

ある日のこと、聖徳太子が学問をしているとカエルが鳴きじゃくってあまりにもウルさく学問に集中できないので、黙らせようと筆で片目を突いた(あるいは投げた筆が目に当たった)そうです。

すると、その池にいた「全てのカエルが片目になった」という言い伝えがあります。

今では確認のしようがないので「不思議」というよりは「怪奇譚」という感じです。

聡明だったことで知られる聖徳太子の「勤勉さを示す言い伝え」なのか、あるいは「不思議な力があるすごい人だった」と言うことだったのかもしれません。

ただ、一昔前までの日本にはこんな話が民間に広まっていたようです。

「目を病んだ人が地蔵菩薩に祈りを真摯に捧げたところ、たちまちのうちに目が平癒に至った」

「しかしその代わりに地蔵が立つ近くの池の蛙がすべて目が1つになった」

などという民間信仰じみた話が日本全国の至る地域に広まっていたようです。

そう考えると斑鳩地方でもこの話がすでに広まっていて、斑鳩の象徴とも言える法隆寺=聖徳太子と習合してこのような話が出来上がったとも考えられます。

尚、「因可池」は実在した池であり、場所は現在の法隆寺の西院と東院の間にある池だと特定されています。

法隆寺・因可池に関しては当サイトの以下の別ページにてご紹介しています。

法隆寺の七不思議【その5】「汗をかく夢殿の礼盤」

法隆寺の七不思議【その5】「汗をかく夢殿の礼盤」

法隆寺の夢殿のご本尊・救世観音像の仏前には「礼盤」と呼ばれる高さ20cmほどの平らな台があります。

これは「らいばん」と読み、いわゆる「お坊さんが座る台」のことを指します。

そして、なんと!驚くことに、この「礼盤の裏側が汗をかく」というのです。

実はこの「不思議」は解明済みで、堂内の湿気で礼盤に結露が発生し「水が垂れる」と言ったことになるそうです。

そうでもなければ、とんでもない怪奇現象です。

尚、湿気が礼盤に多く溜まる理由としては、礼盤の下には仏舎利を埋める穴や井戸などの空洞があるとも伝えられているようです。

現在は毎年2月にこの礼盤をひっくり返して日光に当て、湿り具合でその年の作物のでき具合を占う「夢殿のお水取り」が行われています。

法隆寺・「夢殿のお水取り」の行事について

「夢殿のお水取り」の行事は例年2月に執り行われていますが、日にちは特定していないそうです。

さらに行事自体の所要時間も、あっという間に終わるので法隆寺のホームページにも載っていません。

しかしどうしても気になる方は、一度、法隆寺の社務所へ問い合わせしてみてください。

  • 法隆寺社務所の連絡先:TEL:0745-75-2555

法隆寺の七不思議【その6】「地面に雨垂れの穴が空かない」

法隆寺の七不思議【その6】「地面に雨垂れの穴が空かない」

法隆寺の建物の基礎部分は砂利(じゃり)などではなく石が積まれその上にさらに「大きな石ころ」が積まれて基礎部分が構成されており、その上に建造物が造営されています。

このように石を積み上げて造営することによって、雨が降っても水が垂れた跡が残らないのでキレイな景観を保つことができます。

また、それだけではなく建造物の倒壊も防ぐことができます。

しかしこの伝承・・つまりは法隆寺は良い地盤の上に造営されているので、「水捌けが良く倒壊や破損の恐れがない」などと言ったことを表現していると云われています。

また上述した境内3つあるとされる地下の財宝倉庫・伏蔵(ふくぞう)の影がチラつくことから、伏蔵と併せて法隆寺不滅神話を表現していると考えることもできます。

法隆寺の七不思議【その7】鳥がクソを垂れ流し、蜘蛛がクソまみれで巣を張れない

蜘蛛はおおよその建物にいて、家の中にも「家蜘蛛」という可愛い小さな蜘蛛が生息しています。

また同様にカラスやスズメ、斑鳩地方の鳥・イカルなどと言った「鳥」も「糞(クソ)」を身体の後部の穴から垂らし続けています。

しかし、法隆寺の境内に至っては「鳥のクソや蜘蛛の巣さえ1つもない」そうです。

確かに言われてみればないような気がします。

これはつまり、法隆寺は「蜘蛛や鳥さえ気を遣うほど、清く尊い聖域だ」ということの例えだそうです。

偉人のエピソードが誇張されがちなのと同じようなことかもしれませんね。

2016y03m12d_100437517↑斑鳩の伝説の垂らし鳥「イカル」

また、蜘蛛が巣を張らないもう1つの説として、法隆寺には古来、膨大な法力(パワー)が蓄積され、今現在もそのパワーを周囲に打ち放っていると云われています。

このことから「蜘蛛すら寄り付かないほどの法力(パワー)がある」とも捉えることができます。

終わりに・・

いかがでしょう?

「七不思議」としてくくってしまうには少々無理があるような気もしますが、それでも長い間語り継がれてきたお話です。

日本最古とも言うべき歴史を持つ法隆寺が、近代に至っても人々の信仰を集め続け、時には恐れられ、大切にされてきたことがわかります。

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