奈良 法隆寺・西円堂【国宝】

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奈良 法隆寺・西円堂【国宝】

創建年

  • 不明
  • 推定:718年(養老2年/奈良時代)
再建年

  • 1250年(建長2年/鎌倉時代)
建築様式(造り)

  • 八角宝形造り(八角円堂)
  • 四面扉
  • 向拝付き
屋根造り

  • 本瓦葺
重要文化財指定年月日

  • 1901年(明治34年)3月27日
国宝指定年月日

  • 1955年(昭和30年)2月2日
発願者

  • 橘夫人
造営指揮

  • 行基菩薩(行基)
法要

  • 修二会
  • 追儺式

法隆寺・西円堂の読み方

法隆寺には、難しい漢字の並びのお堂や仏像などが多数あります。

ここ、法隆寺・西円堂の読み方は「ほうりゅうじ さいえんどう」と読みます。

法隆寺・西円堂の歴史(年表)「再建・修理」

歴史
718年頃(推定) 西円堂が創建される。一説では橘夫人の発願で行基が造立。
1050年 西円堂が倒壊する(1048年とも)
1248年 西円堂西円堂の再建工事が実施される
1250年 西円堂の再建が成る。御本尊を戻す。
1261年 西円堂にて薬師悔過と鬼追式が開始される。幸聖が西円堂の牛玉を施入す。
1326年 善弘が西円堂にて悔過板を作成す。
1601年 豊臣秀頼、西円堂の梵鐘を造立
1701年 西円堂に奉納された銅鏡を溶かし、宗源寺(斑鳩町)の梵鐘を鋳造開始。
1881年 西円堂に舞台が設置される。
1994年 西円堂の奉納鏡・奉納大般若転読法要が開始される。

この西円堂は奈良時代(718年/養老2年)に、東大寺大仏建立の立役者・僧侶の行基によって創建された寺院だと伝わっています。

詳しくは光明皇后の母親である橘夫人(県犬養橘三千代)が行基に御願して行基の指揮のもとに創建されたと伝えられています。

ただ、747年(天平19年)に編纂された「法隆寺伽藍縁起ならびに流記資財帳」には記述がないことから、747年以降の創建と考えられています。

法隆寺は伽藍が奈良の中心部から郊外に位置することが幸いしてか、付近周辺では戦争が起こらず、軽度な火災はあったものの現在に至るまで創建からほど近い年月の伽藍が現存しています。

この西円堂も歴史が古く、それを物語るのが後述する薬師如来像です。

この薬師如来像は寺伝によれば奈良時代の創建当初から西円堂に存在する仏像と云われています。

しかし現在みることのできる西円堂は残念ながら1250年(建長2年/鎌倉時代)に再建された後の姿となります。

法隆寺・西円堂の建築様式(造り)

西円堂は八角円堂造りですが、堂舎出入り口には一間向拝が付いています。

向拝の下には板扉がついており、その奥に御本尊「薬師如来」が安置されています。

西円堂でもっとも目につくのが連子窓です。

連子窓は現在では日本中の多くの寺社で見られますが、その歴史は古く一説では仏教伝来と共に日本へ流入した建築様式だと伝えられています。

なお、この連子窓は法隆寺の回廊にも据えられている事実からしても古式の窓であることが理解できます。

連子窓の上には組物として簡素な出三斗で組まれ堂舎の周囲を取り巻いています。屋根は瓦葺で中央には擬宝珠が据えられています。

創建された由緒ある堂舎であり、造営者は行基であると伝えられています。

西円堂は誰かを祀るために建てられた?

このような円堂は通例であれば故人を祀るようなお堂である反面、御霊信仰に則れば故人の呪いを抑えて、より良い方向に活かすために建てられることも多く、一説ではこの西円堂は物部守屋を祀ることで守屋の呪いを良い方向に転化させているとも云われます。


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法隆寺・西円堂の内部の様子

法隆寺・西円堂「薬師如来坐像」

法隆寺・西円堂・薬師如来坐像※写真はお借りしたものです。写真撮影されるときは許可を取ってください。

  • 像高:246.3㎝
  • 造立年:奈良時代
  • 造り(材質):脱活乾漆造り
  • 文化財指定区分:国宝

西円堂の最大の魅力は、「薬師如来坐像」です。

古来、峰の薬師と呼ばれ篤い崇敬が変わらず寄せられています。

像高は246.3㎝で、少し怒ったような強ばったお顔されております。

まるで、『激ムカついてムカっ!イラっ!・・とキタけど・・、いや、ここで爆発したら器が小さいと思われる・・まぁまぁまぁここは抑えて抑えて・・』みたいなお顔に見えます。

しかし、それとは逆に大変、徳の高さを感じることができ、幾世分も蓄積された霊験を感じずにはいられません。

西円堂の薬師如来坐像のご利益

病気平癒
健康長寿

西円堂の薬師如来座像に関しての詳細は以下の別ページにてご紹介しています。

関連記事: 法隆寺・西円堂「薬師如来坐像」【国宝】

薬師如来坐像の胎内から発見された仏像

伝・峰の薬師胎内仏(薬師如来坐像)【重要文化財】

画像引用先:法隆寺パンフレットより

 

  • 像高:15㎝
  • 造立年:飛鳥時代〜奈良時代
  • 材質:金銅
  • 造立方法:一鋳、鍍金

御本尊「薬師如来坐像」の胎内(身体の中)に収められていたとされる胎内仏です。

金銅製の15㎝ほどの小さな仏像であることから、台座から光背の先まで1回の鋳成で造像された仏像です。

現在は百済観音が安置される「大宝蔵院」に安置されています。

刀剣と鏡

数ある古文書の記録によると、昔はお堂の中に置けないほどの数の「刀剣」や「鏡」「錐(きり)」が奉納されていたようです。

これらは主に「男性は刀剣を奉納」「女性は主に鏡を奉納」「耳に病を患う者は錐を奉納」することで病気の平癒を願ったと云われております。

1872(明治5年)の調査では「刀剣が6742本」、「鏡が6065個」あったと記録されており、これらのほとんどは現在、法隆寺の保管庫へ大切に安置されています。

ただし、本来、もっとあったようですが太平洋戦争の折、軍事兵器製造のための材料として供出されており、現在では約1万点が保管庫に安置されているとのことです。

他にも1866年(慶応2年)年、時の天皇である「孝明天皇」が病を患い、その平癒を願って「白銀100枚」が寄進されたと云われております。

西円堂の鏡の奉納

法隆寺の西円堂では、現在でも「鏡を奉納する法要」が執り行われています。

日程は例年、10月8日に執り行われ、法要名を「大般若転読法要(西円堂奉納鏡奉納)」といいます。

この法要は近年より開始された「新しい行事」で、1994年(平成6年)に「銅鏡」が奉納されたのを期に、これを祈念として、現在に至るまでの毎年、10月8日の10時から執り行われています。

堂内を見れば分かりますが、奉納された鏡が柱に魚の鱗のように飾られているにが視認できます。

さらに奉納者の名前を見れば北は東北、南は九州、四国からの奉納者の名前も見られることから、古来よりの篤い信仰と霊験を計り知ることができます。

この銅の鏡は、平安時代の日本最古の鏡を模して作られており、もとのオリジナルを「松喰鶴・図円鏡(まつくいつる・ずえんきょう)」と呼称するそうです。

「松喰鶴」とは「柄」のことで「鶴がクチバシに松の木の枝木」をくわえた様子が「円形の鏡に合わせて描かれた絵図」となります。

画像引用先:奈良の宿大正楼

西円堂の鏡奉納について

尚、鏡奉納は一般の方でも可能で「初穂料は1枚2万5000円」となっております。

ご利益は「病気平癒」や「健康祈願」「家内安全」「長寿祈願」です。

ご家族に病を患っておられる方や、おじいちゃん、おばあちゃんを想われる方は是非!

受付は法隆寺・寺務所まで

法隆寺へ問い合わせ先

聖徳宗総本山・法隆寺
住所:〒636-0115奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1-1
電話番号:0745-75-2555(寺務所)

千手観音菩薩立像【重要文化財】

画像引用先:法隆寺パンフレットより

  • 像高:184.8㎝
  • 造立年:平安時代
  • 材質:桜材
  • 造立方法:一木造り

東側には千手観音菩薩立像が安置されています。この像はかつて法隆寺塔頭寺院である「金光院(きんこういん)」に安置されていたものですが、1905年(明治38年)に法隆寺へ寄進されています。

ただ、本像は堂内の端に置かれているためか、視覚に入らずあまりよく見えません。

本像の特徴としては手前の合掌する手と印を組む手以外が小さく造立されていることです。

無数の小さな脇手が特徴的です。

不動明王坐像

  • 造立年:江戸時代
  • 作者(仏師):湛海(たんかい)

北側には不動明王坐像が安置されています。像容は特別これといった特徴なく、ごくありふれた不動明王です。細部に至るまでの緻密さや全体的な像容を見て江戸時代に造立された仏像であることがわかります。

十二神将像【重要文化財】

画像引用先:法隆寺パンフレットより

  • 像高:76.5〜89.7㎝
  • 造立年:鎌倉時代
  • 材質:ヒノキ(子と亥のみクスノキ)
  • 造立方法:一木造り

御本尊「薬師如来坐像」の周囲には十二神将像が配されています。

十二神将とは、薬師如来の眷属であり、薬師経の信仰者を守護する天部の仏でもあります。別名で「十二夜叉大将(じゅうにやしゃたいしょう)」、「十二神明王(しんみょうおう)とも呼ばれます。

およそ平安時代後期あたりから薬師如来が持つとされる十二の大願に沿う形で、昼夜十二時や、十二の月、十二の方角を守護する御法神として、十二支獣を以って表現するようになったと云われます。

正直、西円堂内の台座の下あたりは見えにくいのですが、双眼鏡やオペラグラスのようなもので覗くとよく見えるかもしれません。

西円堂付近周辺の見どころ

西円堂の階段

法隆寺の境内で唯一、なぜか西円堂の前にだけ階段が設けられています。この階段は全部で27段あるのですが、一段一段が高いので普段、運動不足な方であれば息が荒くなっているほどです。

そして、階段を上った先には西円堂の拝殿が待ち構えているのですが、この拝殿から今まで頑張って歩いてきた階段を振り返ってご覧になってみてください。

小山ほどの規模ですが、法隆寺をわずかに見渡されるほどの眺望を楽しむこともできます。

西円堂からの眺望

⬆️27段もの石段を昇った先に拝殿よりの眺望

⬆️拝殿脇から五重塔の4層目から上の相輪までがかすかに見える。となりに見える屋根は金堂のもの。

西円堂は法隆寺境内の中でも特に小高い小山の上に位置することから、高低差わずかですが、それなりに眺望を楽しむことができます。

現在、北側(拝殿を向かい見て右脇)には木が生い茂っているため見えにくくなっているのですが、明治時代にはこのあたりに舞台があったとされ、五重塔や近藤くん..あイヤイヤ『金堂』!!、大講堂を中心とした西院伽藍の寺観を一望できたと言われます。

法隆寺・西円堂の鐘

法隆寺・西円堂・鐘

法隆寺・西円堂の東側には梵鐘があります。

この鐘は、かの詩人の正岡子規も聞いていたとされており、毎日の刻を告げる鐘です。

子規が存命中であった頃は、「朝6時から夕方18時までの間」で、約2時間の刻を梵鐘で告げたそうです。

しかし、現在では残念ながら「朝8時から夕方16時までの間」までしか鐘の音を聞くことができません。

西円堂の梵鐘を聞くことができる時間

朝8時、朝10時、正午(12時)、午後2時、午後4時

法隆寺・西円堂の鐘の音色は、けっして大きく派手ではないですが、長い年数を経てきた独特の音色がします。

ちなみに子規の有名な句に「柿食えば鐘が鳴るなり・・」があります。

一説には、この句の中の「鐘」とは「西円堂の梵鐘」を指し示すとも云われております。

子規が聞いて名句を生み出したとされるこの鐘の音色を聞きたい方は、上記の時間に合わせて西円堂へ参拝してください。

⬆️西円堂の梵鐘。東大寺の梵鐘と比べると3回りぐらい小さい

不動明王を祀った小祠

西円堂の階段の手前にはお地蔵さんが祀られていそうな小さな祠があります。

この祠、どんな仏様が祀られているか検討がつきますか?

近づいて中を見ると不動明王さんが祀られているのがわかります。

不動明王は西円堂の内部の南側にも安置されていることから、西円堂には合計2体の不動明王さんがいることになります。

階段へ昇る前にでもぜひ!手を合わせていっておくんなさいな!

手水舎

西円堂にも手水舎がありますが、注目すべきは手水鉢です。

「西圓堂」と浮かし彫りされているのが視認できます。

「圓」は現在では「円」と書くことから、少なくとも明治時代以前の手水鉢と思われます。4つの脚それぞれに龍の彫刻が据えられるなどかなりの意匠やコダワリがみえます。手前の水受けの石板は相当古いものと思われます。

法隆寺・西円堂に存在した「幻の舞台」

法隆寺・西円堂にはかつて「京都・清水寺」と同様に「木造の舞台」が造営されたようです。

この舞台は1880年(明治13年)に造営され、けっして大きな舞台とは言えませんが、西院伽藍はもとより東院伽藍(夢殿など)も一望できたとも云われております。 

しかし、その30年後、木材の老朽化に伴い撤去され、以降、再建には至らなかったそうです。

法隆寺・西円堂の行事

西円堂修二会

・2月1日~3日(午後1時・午後5時)

西円堂鬼追式(追儺式)

・2月3日(午後7時)

西円堂奉納鏡奉納転読法要

・10月8日(午前10時半)

西円堂薬師護摩

・10月8日(午前10時半)


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法隆寺・西円堂は無料で拝観できる??

法隆寺の堂舎の内部を拝観するには拝観料金が必要となりますが、西円堂に関しては無料で拝観することができます。

また西円堂に関しては特別一般公開などは設けられておらず、上述した薬師如来など内部の様子を見ることができます。

西円堂では御朱印がいただける??

法隆寺の御朱印はすべて、西院伽藍に位置する聖霊院の内部でいただくことができますが、西円堂では独自の御朱印を拝受することができます。

中央に「峰の薬師」「薬師如来」と墨書きされた御朱印です。

 

  • 御朱印のお布施(値段):300円
  • 西円堂の授与時間:16時15分まで
西円堂の授与所の外観

注意点

御朱印帳は西円堂では販売していません。聖霊院で購入できます。

法隆寺・西円堂の場所(地図)

法隆寺・西円堂は東院伽藍、近藤くんの・・あ間違い!金堂!!の左上に位置します。法隆寺境内においては唯一、石段をのぼった先にある堂舎です。

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