法隆寺・鐘楼(しょうろう)【国宝】(東院伽藍・西院伽藍)

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法隆寺・鐘楼(しょうろう)【国宝】(東院伽藍・西院伽藍)

法隆寺・東院伽藍の鐘楼

法隆寺・鐘楼(しょうろう)【国宝】↑法隆寺・東院伽藍の鐘楼

創建年

奈良時代

再建年

「東院」1163年(応保3年/鎌倉時代)

大きさ

桁行(奥行):三間(約5.5m)
梁間(横幅):二間(約3.5m)

建築様式

楼造(ろうづくり)

屋根造り

切妻造、本瓦葺

重要文化財指定年月日

1899年(明治32年)4月5日

国宝指定年月日

1951年(昭和26年)6月9日

法隆寺境内に現存する「2つの鐘楼」と今でも突かれる「1つの鐘」

法隆寺には「西院伽藍内」と「東院」のそれぞれに「鐘楼」があります。

「鐘楼」とは、お寺の鐘が奉納されている建物のことを指し、鐘(梵鐘)と建物を合わせ鐘楼と呼称します。

鐘楼の「楼」は楼閣という意味で「梵鐘が収められた楼閣(豪勢な建物)」を意味します。

鐘楼内の「梵鐘(鐘)」は奈良時代に鋳造されたもので、東院の鐘楼は鎌倉時代の再建となります。

西院伽藍の鐘楼とは見た目がまったく異なり、正方形状に裾広がりの形状をしています。

この建築様式は「袴腰(はかまごし/ばかまごし)」と呼ばれる様式で、日本中の袴腰を持った現存する鐘楼としては最古の鐘楼となります。

尚、この鐘楼には「中宮寺」の刻印があることから中宮寺から移築されてきた鐘楼だと云われています。

東院伽藍の鐘が撞かれる(突かれる)日時

東院伽藍の法要の時


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法隆寺・西院伽藍の鐘楼

法隆寺・西伽藍の鐘楼

創建年

奈良時代

再建年

「西院伽藍」1005年から1020年(寛弘2年から寛仁4年/平安時代中頃)

建築様式

切妻造り
二重・高欄付き

屋根造り

切妻造、本瓦葺

重要文化財指定年月日

1899年(明治32年)4月5日

国宝指定年月日

1951年(昭和26年)6月9日

 

法隆寺・西院伽藍の鐘楼は、金堂の後方に「経堂」と左右対称の形で建っており、回廊の一部を構成しています。

梵鐘は天平時代(奈良時代前期)に鋳造されたものです。

この梵鐘が撞かれるのは、5月16日から8月15日の「夏安居(げあんご)」の期間、毎朝一度のみですが、年代物の鐘なので遠くからでは聞こえません。

貴重な音色は是非!近づいて聞いてみてください。

法隆寺・西院伽藍の鐘楼(国宝)は、落雷により925年(延長三年/平安時代)に焼失しています。

その後、対称的な位置に建つ経蔵の建築を真似て平安時代中期に現在の場所に再建されています。

西伽藍の鐘楼は創建以来、回廊の外に独立して建立されていたといいます。

しかし、平安時代の再建で「北回廊」が「大講堂」まで延長して再建されたことに伴い、同じく回廊の中間地点に回廊を接続する形で造営されています。

西院伽藍の鐘が突かれる日時

夏安居の期間中(5月16日から8月15日)の毎朝1回のみ

今も突かれる、鐘楼がない「法隆寺のたった1つの鐘」

今も突かれる、鐘楼がない「法隆寺のたった1つの鐘」実は、法隆寺には「西円堂」脇にも鐘があります。

この鐘は上述の西院・東院のような立派な「鐘楼」はありませんが、今でも毎日、朝8時から16時までの約2時間おきに撞かれています。

約2時間おきに時を告げる美しい音色を斑鳩の飲み込まれるような青空や夕空へ高らかと鳴り響かせています。

正岡子規の俳句「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」は有名ですが、一説では正岡子規が耳にしていたのはこの梵鐘だと云われています。

つまり上述の柿食えば鐘が鳴るなり・・の詩に登場する鐘とは、実はこの西円堂の鐘だと云われております。

ただ、子規が存命中であった頃は「朝6時から夕方18時までの間」で、約2時間の刻を梵鐘で告げていたようです。

尚、上記でご紹介したいずれの鐘も残念ながら一般参拝客は触れることすらできないようになっています。

西円堂の梵鐘を聞くことができる時間

朝8時、朝10時、正午(12時)、午後2時、午後4時

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