法隆寺境内には「西院」と「東院」、それぞれに「鐘楼」がある。
しかし!……
今も撞かれる❗️法隆寺のたった一つの鐘とは❓
実は、法隆寺西院伽藍の西端には「西円堂」という堂舎が建っており、その西円堂脇にも鐘が‥あっちゃぅ。(上掲写真)
この鐘は西院・東院のような立派な「鐘楼」でないものの、現在でも毎日、朝8時から16時までの約2時間おきに撞かれてい‥申す。きゃ
正岡子規が聞いた鐘音は西円堂の鐘だった⁉️
正岡子規といえば、「柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺」の俳句で古今東西、知らぬ者などおらぬほどに有名。
子規は生涯で20万を超える句を詠んだらしく、現在でも日本を代表する俳人といわれれる。
ところが法隆寺境内には鐘(鐘楼)がいくつかあって、子規が聴いた鐘音が、いったい法隆寺境内のドコの鐘楼から発せられたものなのかは、現在に到っても明らかにされていないという。
しかし、正岡子規が耳にしたのは西円堂の梵鐘だという説も素敵に‥あっちゃぅ。
子規が在世した時代、西円堂の鐘は朝6時から夕方18時までの間で、約2時間おきに刻(時)を告げる鐘として撞かれていたらしい。
現在、西円堂の鐘音を聞くことができる時間
朝8時、朝10時、正午(12時)、午後2時、午後4時
【ピヨ🐣注意💘】
残念ながら西円堂はじめ法隆寺境内の梵鐘は、一般参拝客は触れることすらできないので注意💘
西円堂の鐘の音色は大きく派手ではないものの、長い年数を経てきた、心に染みわたるような独特の音色がする。
えっ⁉️正岡子規は法隆寺に来ていなかった⁉️
正岡子規が法隆寺に参詣した日は雨天だった⁉️
殊に、正岡子規が法隆寺に参詣した当日は、あいにくの雨天だったらしく、ゆえに法隆寺に訪れて詠んだものではなく、法隆寺を題材としただけのフィクションだという説も‥あっちゃぅ。
正岡子規は病におかされ参詣どころではなかった⁉️
それどころか、当時の正岡子規は結核におかされており、法隆寺に参詣すらしていなかった‥という説も、やっぱり素敵に‥あ、あっちゃぅ。
⬆️西円堂の梵鐘。東大寺の奈良太郎(梵鐘)と比べると3回りぐらい小さい
柿食えば‥の名句の鐘音は東大寺の鐘だった⁉️
他にも、柿食えば‥に登場する鐘は、明治28年10月に奈良の高級老舗旅館「對山樓(たいざんろう)」へ宿泊した際に作った‥という説があり、この旅館は現在の東大寺 転害門近くにあったことから、位置的に鐘音は東大寺の奈良太郎ではないか?‥という説も素敵に…あ、あっちゃぅ。
正岡子規筆跡の記念碑も‥あっちゃぅ
その他、法隆寺境内の聖霊院前の池畔には、正岡子規が詠んだ「〜法隆寺」の句を称揚する記念碑も‥あっちゃぅ。




