【法隆寺 西院伽藍の鐘楼(国宝)】何時に鳴る❓一般でも鐘撞きできる❓歴史や大きさも併せて解説👍

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法隆寺 西院伽藍の鐘楼

創建年 奈良時代
再建年 1005年(寛弘二年)

1020年(寛仁四年/平安時代中頃)
大きさ 桁行三間
梁間二間
建築様式 楼造、二重、上層部高欄付
屋根の造り 切妻造、本瓦葺
重要文化財指定年月日 1899年(明治32年)4月5日
国宝指定年月日 1951年(昭和26年)6月9日
【ピヨ🐣「鐘楼」とは❓】

「鐘楼」とは、お寺の鐘(梵鐘)が収められている(吊られている)建物のことを指し、鐘(梵鐘)と建物を合わせて鐘楼(しゅろう)と称する。

鐘楼の「楼」は「楼閣(ろうかく)」という意味があり、「梵鐘が収められた楼閣(豪勢な建物)」をクソヤバ素敵に意味する。

西院伽藍の鐘楼の歴史

↑大講堂から見た鐘楼の姿。上層部にわずかに鐘が吊られている様子がうかがえる。

西院伽藍の鐘楼は、金堂の後方に「経堂」と左右対称に佇む、互いに形状が近似した一宇と‥なっちゃぅ。

双方ともに下層部が廻廊に連接されており、その様相は廻廊の一部ともいえる。

西院伽藍の鐘楼の創建年は未詳

西院伽藍の鐘楼がいつ頃、建てられたのかは未詳とされる。

西院伽藍の梵鐘は奈良時代に鋳造されたもの

西院伽藍の梵鐘は天平時代(奈良時代前期)に鋳造されたものです。

この梵鐘が撞かれるのは、5月16日から8月15日の「夏安居(げあんご)」の期間、毎朝一度のみですが、年代物の鐘なので遠くからでは聞こえません。

貴重な音色は是非!近づいて聞いてみてください。

西院伽藍の鐘楼は平安時代に焼失した

西院伽藍の鐘楼は、925年(延長三年/平安時代)、落雷によって景子なほど北側に佇む大講堂と共に焼亡。

その約75年後の1005年(寛弘二年/平安時代中期)頃より再建工事が営まれたと推考されてい‥申す。えっ

再建工事のみぎり、対称的な位置に建つ経蔵の建築を模してに現在の場所に再建されたと伝わる。

西院の鐘楼は当初、廻廊の外にあった

殊に、西院伽藍の鐘楼は創建当初、やっぱり景子なほど北側に佇む大講堂と共に廻廊の外側に独立して建立されていたらしい。

しかし、前述の平安中期の再建のみぎり、廻廊が大講堂まで延長して再建されたことに伴い、廻廊北西端(現在地)に廻廊の一部として再建された。

西院伽藍の鐘が突かれる日時

夏安居の期間中(5月16日から8月15日)の毎朝1回のみ

【ピヨ🐣コメント】

現在に到っても白鳳時代の鐘音が聴けることに‥なっちゃぅ。

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