奈良・法隆寺「玉虫厨子」【国宝】
制作年
不明
推定:飛鳥時代
様式(造り)
入母屋造り
大きさ
総高:226.7㎝
横幅:136.7㎝
奥行:119.1㎝
重要文化財指定年月日
1897年(明治30年)12月28日
国宝指定年月日
1951年(昭和26年)6月9日
安置場所
大宝蔵院
玉虫厨子の読み方
法隆寺の境内には難しい漢字の表記された仏像や堂舎がありますが、玉虫厨子は「たまむしずし」と読みます。
玉虫厨子の名前の由来
この玉虫厨子には、なんと!実際に本物の玉虫の羽根が据えられており、これが”玉虫”の名前の由来になります。
厨子とは、物を収納するための豪華な箱のことで仏具になります。
厨子の中には、概ね、仏像・仏舎利・教典・位牌を収納することが多いです。
玉虫厨子が造られた理由
玉虫厨子は推古天皇が朝夕の礼拝の時に、念持仏(ねんじぶつ/身近に置いて崇拝する仏像)の対象として制作されたと伝えられています。
玉虫厨子の特徴
玉虫厨子は中国六朝時代に制作された中国文化の特徴を多く残し、つまり飛鳥文化の特色を色濃く残しています。
中国六朝とは、以下のような6つの国が中国を支配していた時代です。
中国六朝・一覧
呉:(222年 – 280年)
東晋:(317年 – 420年)
宋:(420年 – 479年)
斉:(479年 – 502年)
梁:(502年 – 557年)
陳:(558年 – 589年)
※参考:ウィキペディア
屋根は法隆寺境内で見られるような入母屋造りで、瓦葺屋根をイメージした装飾が施されています。
その屋根の上の両端には鴟尾(しび/シャチホコ)が乗り、宮殿さながらの造りをしています。
実は日本で初の鴟尾を用いたものは、この玉虫厨子であると云われています。
屋根は2段で葺いた錣葺(しころぶき)で造営され、軒下の組物にも本物さながらの雲形の組物が据えられています。
上部(宮殿部)の金銅の透かし彫りの後ろには上述した本物の玉虫の羽根が敷き詰められいましたが、現在ではほとんど残っていません。
この宮殿部分には四方に扉があり、仏像の装飾が施されています。
その下の須弥座部分にもそれぞれ以下のような図柄が描かれています。
正面:舎利供養図(しゃりくよう)
正面左側:施身聞偈図(せしんもんげ)
背面:須弥山世界図(しゅみせんせかい)
正面右側:捨身飼虎図(しゃしんしこ)
※以下、画像引用先:茶の湯美術館
施身聞偈図
施身聞偈図は釈迦如来が誕生する前の前世の釈迦如来を表現した図です。
雪山童子(せっせんどうじ/=釈迦がヒマラヤで修行していた頃の名前)が、自らの身を捨ててまで「仏の教えを請いたい」と願う心を帝釈天が試した様子が描かれています。
捨身飼虎図
捨身飼虎図も同じく釈迦如来が誕生する前の前世の釈迦如来を表現した図です。
下方の虎は、本来は食べるものがなく飢えて死にかけた親子トラです。その親子トラのエサとなるべく、釈迦如来の前世が高い木の上から身を投げ自らの身を捧げる様子が段階的に描かれています。
舎利供養図
舎利供養図は、釈迦の入滅後の世界を表現した図です。僧侶が釈迦の遺骨(仏舎利)を塔に納めて供養する姿が描かれています。
須弥山世界図
須弥山世界図は、須弥山世界が描かれた図です。
須弥山はインドの遥か南にあるとされる伝説の島にそびえ立つ山のことで、山頂には帝釈天(たいしゃくてん)が暮らしています。
えぇっ?!平成に玉虫厨子が復刻制作された?!
画像引用先:https://ja.wikipedia.org
実は平成に入ってから玉虫厨子を復刻させたいと願う大工職人の有志が集い、なんと!玉虫厨子が復刻されています。
この玉虫厨子は2008年(平成20年)に完成し、2つの厨子が制作されこのうちの1つが法隆寺に奉納されています。
制作の発願および総指揮は岐阜県高山市の造園業を営む中田金太・秀子両氏です。
ただし、このような玉虫厨子の復刻版は平成に入って初めて造られたものではなく、昭和の時代にも制作されています。
この復刻版は累計約4000人の大工や蒔絵、彫師などの腕利きの職人が集って制作にのぞんでいます。
完成した玉虫厨子は4000人もの腕利きの職人が集っただけあり、まるで制作された当初の本物の国宝玉虫厨子の見ているかの見栄えになっています。
現在は、その完成度高さと1億円という巨額が投資されて制作されたことから、法隆寺に奉納されて安置されています。
もう1つの厨子は中田氏が在住した岐阜県の最北端、飛騨市・茶の湯美術館に常時展示されています。
岐阜県「茶の湯美術館」のお問い合わせ先
住所:岐阜県高山市千島町1070
電話番号:0577-37-1070
営業時間:AM9:00~PM5:00
定休日:水曜日(祝祭日は開館)・冬期
URL:http://www.nakada-net.jp/chanoyu/tya.htm
玉虫厨子の安置場所
玉虫厨子は法隆寺境内の大宝蔵院に安置されています。大宝蔵院は聖霊院の奥の食堂の後方に位置します。
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