法隆寺・五重塔「涅槃像(ねはんぞう)」

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法隆寺・五重塔「涅槃像(ねはんぞう)」【国宝】

ところで「涅槃(ねはん)」って何??↑福岡県・「南蔵院(なんぞういん)」の涅槃像

造立(制作)年

711(和銅四年)

国宝指定年月日

1951年(昭和26年)6月9日

ところで「涅槃(ねはん)」って何??

涅槃(ねはん)」とは、すべての欲が取り巻く環境から解き放たれた永遠の平和や安楽の世界を意味します。

すなわち「入滅(にゅうめつ)」のことを指します。

仏教においての涅槃とは一般的に「お釈迦様の死(入滅)のこと」を指し示します。

涅槃像は、お釈迦さまの入滅の時のお姿を現す像と云われており、片手肘を立てて、手で頭を支え、北枕で横向きに寝ているポーズとなります。

この奈良・法隆寺にも涅槃像が安置されおり、場所は法隆寺の「五重塔」の中にあります。

塔の初層(1階)には、多くの「塑像(奈良時代の仏像に多い、粘土造りの像)」が安置され、そのうちの約80点が国宝に指定されています。

法隆寺の涅槃像は他では見ることのできない特徴をもっている?!

通常の涅槃仏像の特徴とは、基本的に「頭は北向き」、「顔は西向き」となっており、この由来が時代を跨いで庶民層にまで浸透し「北枕は縁起がよくない」という語源にもなりました。

ただし、この語源に関しては、いささか個人の偏見と言いますか、私見的な要素が混ざっており、遠くインドでは逆に北枕が縁起が良いとされ、北枕で眠りにつくそうです。

日本でも、北枕で眠りにつく方もいます。現に私がそうです。毎日元気ピンピン。松屋朝定3杯はイケる。=余裕

法隆寺のお釈迦様の涅槃像の特徴

  • 涅槃像の頭が北向きではない
  • 「沙羅双樹(さらそうじゅ)」がない
    ※インド原産の木で、「釈迦の臥床の四方には2本ずつあった」と言われていますがこの木がない
  • お釈迦さまが手枕をしていない。(その手を弟子の眼前へ、徳を授けるかのように差し出している)

法隆寺の五重塔「東西南北」の仏像群(塑像群)一覧

※五重塔の内部は写真撮影が禁止のため、以下の画像(写真)は、法隆寺の公式サイトや他のサイトからお借りしているものになります。

【北面】「涅槃像土」

法隆寺の五重塔の初層(一番下の階)には、仏教にまつわる様々な場面(歴史)が、東西南北に別れて表現されており、最も有名な涅槃像が、北面の「涅槃」を描いた場面です。

法隆寺・五重塔「涅槃像土」↑法隆寺・五重塔「涅槃像土」

そして、これら涅槃像を「涅槃像土」と言います。

北面の「涅槃像土」は、釈迦の入滅(死)に際して、悲しみに暮れ、泣き叫ぶ弟子たち姿が像として造立されています。

悲しみや泣き叫ぶ様子を表した像であることから「法隆寺の泣き仏」とも呼ばれています。

取り巻きのお弟子さんの表情の繊細さと豊かさは驚きです。

涅槃釈迦像の大きさ

  • 全長:約98cm
  • 取り巻きの弟子像31体の像高:約18cmから約59cm(平均)

【南面】「弥勒仏浄土」

【南面】「弥勒仏浄土」

画像引用先:http://stat.ameba.jp/

「弥勒仏浄土(みろくぶつ じょうど)」は、その名前の通り、弥勒菩薩の如来像が中央に位置している涅槃仏像となります。

弥勒菩薩とは、お釈迦さまの弟子であり、現在、インドの遥か南の海にあるとされる伝説の山「須弥山(しゅみせん)」の頂上の「兜率天(とそつてん)」で修行中です。

  • 像高:約81cm
「弥勒仏浄土」の説明

「弥勒仏浄土」とは、お釈迦さまが入滅後の56億7000万年後に、弥勒菩薩が「弥勒仏如来」となって、お釈迦様の後を継いで第二の釈迦としてこの世に降臨し、人々を救済すると云われています。これはその世界観(未来を予測した図=末法思想)が表現されています。

末法思想とは、仏教の教えを人々が忘れて世界が混沌に導かれ荒廃することを予測した世界観です。

現代には釈迦もおらず、弥勒もおらず空白なので荒廃に向かっています。

しかし地蔵菩薩が釈迦の教えを引き継ぎ、弥勒の復活を待ちながら末法に至らないように人々の身近に立って人々を見守っています。

末法思想とは?
末法思想とは、お釈迦さまが後世に残した教えを忘れた腐敗した世界のことなんダ。未来では腐敗した世界になっているそうダヨ。その腐敗した未来の世界を如来となった弥勒菩薩が救うとされているんダヨ。..ボクを超優先的に救済しまくって欲すぅぃナ~。チョコ食べたぃぉ

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【西面】分舎利仏土

【西面】分舎利仏土

「分舎利仏土」の説明

お釈迦様の入滅後からしばらく経ったあと、人々がお釈迦さまの遺骨(仏舎利)を火葬して、八カ国に分ける(分骨)する場面が表現されています。

真ん中に見えるのはお釈迦様が奉安されている柩(ひつぎ)です。
そして、柩の周りにお釈迦さまの「仏舎利」を収めるための容器が用意されています。

その周りを人々が囲んで、今まさに分骨しようとしている瞬間を表現しています。

  • 人々の像の数:29体
  • 像高:約17cmから約40cm

鎌倉時代に文献によれば、もう何体か像があったそうです。

【東面】「維摩詰像土」

【東面】「維摩詰像土」

「維摩詰像土」の説明

これは「文殊菩薩」と維摩詰(ゆいまきつ/維摩経の主人公)が仏道においての議論を言い合い、それを、お釈迦さまの弟子たちが盗み聞きしている場面を表現しています。

維摩経(ゆいまきょう)とは?
維摩経(ゆいまきょう)とは?「維摩居士(ゆいまこじ=維摩詰)」と云われるインドの商人であり、お釈迦さまの弟子でもあった人物が書き記した経典のことです。この経典では「万物は本来、生きるということも、滅するということもない。これすなわち無限の悠久の真理なり」という、悟りの境地が記述されており、このような境地に至ることが叶えば、悩むこともなく安楽の世界を自我に創造できるとされています。
維摩居士像(維摩経の主人公)
  • 像高:約45cm
文殊菩薩像
  • 像高:約52cm
お釈迦さまの弟子像
  • 像の数:14体
  • 像高:約28cmから45cm

涅槃像が造立された理由とは?

このような涅槃像群が造立された理由は定かではありませんが、次のように考えることができます。

熱心な仏教徒であり、政治家としても才を誇った聖徳太子を、お釈迦様に例えて供養し、供養することで末法世界に向かって荒廃していく世界に、再び太子が降臨して救済してくれるという願いが込められていると考えることができます。

終わりに・・

涅槃仏像は、五重塔の小窓から覗き見るような格好となり少し見えづらいですが、自然の光の力を借りるなどして、なんとか頑張って覗いてみてください。

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