【伽藍配置図】奈良・法輪寺の伽藍はどんな様式だったのか?

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法輪寺の「創建当初の記録」や、それ以後の記録は「江戸初期まで無い」に等しく、創建当初の伽藍の配置図が不明であったとされてきました。

しかし、法輪寺の鎌倉時代の伽藍の様子を描いた古地図が寺に伝わっており、これをもとにして1950年(昭和25年)に調査を行ったところ、なんと!「法隆寺と類似した伽藍」が7世紀の後期(650年から700年あたり)には成立していたことが明らかにされています。

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「法隆寺式の伽藍」とは「金堂」「仏塔」を中心として「南に中門」を配し、これらを取り巻く形で「廻廊」を回し、「南の中門」と相対する形で北の廻廊外に「講堂」を配置するような伽藍配置のことです。

現在の法輪寺には廻廊はありませんが、かつては廻廊が存在したようです。

参考例:法輪寺の現在の伽藍(境内図)

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  1. 三重塔
  2. 金堂
  3. 講堂(収蔵庫)
  4. 妙見堂
  5. 鬼子毋神堂
  6. 地蔵堂
  7. 鐘楼
  8. 会津八一歌碑
  9. 西門(上土門)
  10. 南門
  11. 庫裏

奈良・法輪寺の境内案内地図

奈良・法輪寺は崇敬者の手厚い加護のおかげで、現在に至っても伽藍が残っており境内には堂舎が立ち並び広々としています。

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現在の法輪寺境内の堂舎や建物は残念ながらすべて近世代に造営されたものばかりです。

上述して通り、これは1645年(正保2年/江戸時代前期)に起きた大風によって境内の堂舎は三重塔を残してすべて倒壊し、その三重塔も昭和19年に落雷により、炎上し、1975年(昭和50年)に再建されたものです。

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