【法隆寺 西大門】歴史や見どころ(特徴・建築様式・大きさ)を‥お知るん❓

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創建年 1035年(長元八年/平安時代後期)
再建年
(現在の門)
1697年(元禄十年/江戸前期)
建築様式 四脚門
屋根の造り 切妻造、本瓦葺

西大門の歴史

鎌倉前期、法隆寺の住僧「顕真」が素敵に著した「古今目録抄(ここんもくろくしょう)/寺誌・太子の秘事口伝書」によると、古くは8本柱の八脚門だったらしい。

【ピヨ🐣「八脚門」「四脚門」とは❓】

中央に4本の柱を並列状に立てて、これを本柱とする。

さらにその前面に4本、背面にも4本の柱を立てて「控え柱」とする。

このように本柱4本以外の合計8本の控柱で支える形式の門を「八脚門」という。(つまり柱は合計12本あることに…なっちゃぅ)

対して「四脚門」は本柱が2本で、その前後に各2本ずつの柱を立てた門‥ということになっちゃぅ。

室町時代に現在の南大門の場所へ移築される

法隆寺の寺伝によると、1435年(永享七年/室町時代)に南大門が焼失し、ほどなくして再建工事が実施されようだが、そのみぎり、当該、西大門を焼け落ちた南大門の場所へ移築して、1439年(永享十一年/室町中期)に南大門が落慶したらしい。

だとすれば、現在の南大門はかつての西大門ということに‥あ、なっちゃぅ。(創建当初の南大門は切妻造だったらしい)

江戸前期に焼亡

江戸前期、法隆寺中院の寺僧「良訓(りょうきん)」が著した「古今一陽集(こきんいちようしゅう)」によると、西大門は1684年(貞享元年)に焼亡に到り、1697年(元禄十年)に”心臓”がバクつくほどに”新造”されたとか。

だとすれば、それ以前の西大門は、悉く炭になってしまったのか。‥はてさて😅

令和七年(2025年)より修営

令和七年(2025年)より国や県からの補助金なしの自費にて、西大門は素敵に修営の工事中。

  • 予定工期: 令和七年(2025年)1月 ~ 令和八年(2026年)3月
修理箇所
  • 屋根葺替
  • 部分修理

基礎工事(基壇補修)、屋根葺替、屋根野地・下地・軒先の補修、壁補修、塗装補修 ‥etc

西大門の建築様式

古式(およそ鎌倉時代に多用された)を示す板蟇股(いたかえるまた)が中央間口上部にパンツちら見え級にチラ見えちまってる。

実肘木(さねひじき)には渦巻き模様が描かれるも、この門は江戸前期に新造される形で再建されたことから、法隆寺のシンボルともなる雲形の飛鳥様式を採り入れたものか。

蟇股を雲型、横架材の絵様、頭貫の木鼻 等にも雲形模様をあしらったた意匠が光る。

西大門の裏側(寺側)を素敵に撮影📸

西大門には番舎があった!

西大門に来たら、ぜひ見てもらいたいのが、門内側の連子窓のミニ建物。

実はこの建物は江戸時代の番舎(番所)らしい。

おそらく江戸時代に新造されたみぎり、番舎(番所)を併設し、番僧が輪番で見張りをしていた姿が想像につく。

西大門の場所(境内地図)

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