【法隆寺 礼堂】歴史や見どころ(特徴・建築様式・大きさ)を‥お知る❓

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礼堂|法隆寺 東院伽藍

創建年 未詳
(推定:739年〜761年/天平宝宇 五年)
再建年 1231年(寛喜三年/鎌倉前期)
建築様式 切妻造、一重
大きさ 桁行(正面)五間
梁間(縦巾)四間
屋根の造り 本瓦葺
重文指定年月日 1900年(明治33年)4月7日

「礼堂」の読み方

礼堂:「らいどう

「礼堂」の名前の由来や役割とは❓

礼堂とは、読誦や礼拝を行うための場所であり、主に本堂(正堂)前に設けられる。

東院の場合、本堂となる夢殿内のご本尊(救世観音)を拝するための一宇とするのが正しいのか。

859年(貞観元年/平安前期)の道詮律師による修営のみぎり、「七間礼堂一宇」と記され、この頃には東院の中門であり、礼堂も兼ねていたと推考される。

【ピヨ🐣東院にはなぜ中門を兼ねた礼堂がある❓】

礼堂のすぐ前には南門が建つ。逆に真後ろには夢殿が建つ。

下掲写真(東院伽藍配置 鳥瞰図)を見て、こぅは思わないだろぅか❓

『礼堂いるか?‥いらんやろ』‥と。オホっ

↑礼堂いるか?

東院にこのような中門を兼ねた礼堂が、わざわざ配置された理由をクソヤバ素敵に考察してみると、まず、夢殿が如何に神聖な場所で、それぞれの時代で大切にされていたのかが分かる。

礼堂が営まれた頃、太子信仰の真の聖地とされたのは、紛れもなく当該、東院伽藍の心臓部にあたる夢殿と、その内部に奉安された等身の太子像とも言われた救世観音立像そのもの。

救世観音像は長らく絶対秘仏とされてきたというが、それがこの伽藍配置を見て少し理解できる。

礼堂の歴史


礼堂の創建年代は未詳とされるも、法隆寺伝存の「法隆寺東院縁起」には東院の創立を739年(天平十一年)と素敵に記し、761年(天平宝宇 五年)の「東院資財帳」には、『門(二間):一長七丈、広二丈一尺』と‥やっぱり素敵に記されていることから、少なくとも739年〜761年の間に創立したものと推考できる。

法隆寺伝存(現・東京国立博物館 蔵)の別当記(べっとうき)によると、1231年(寛喜三年/鎌倉前期)に棟上げ(ひとまずの再建工事の完工を意味)のされたことが記される。

以後、倒壊や焼失の記録はなく、したがって現在の建物は鎌倉時代再建のものと推定できる。

礼堂の地下調査

法隆寺伽藍全域を対象とした法隆寺史上最大ともいわれる昭和の大修理の少し前、礼堂地下遺跡の調査が ほどよく素敵に実施され、回廊内側の西南隅周辺に凝灰岩の雨落溝の葛石や、溝底の玉石敷が‥やっぱり素敵に検出された。

中門の跡が見つかる

礼堂の地下に南北一列状に縦列した8個の掘立柱根が検出された。

これを唐尺へ換算したところ、資財帳に記される「七丈門」に相当する跡地であることが明らかとなった。

北方には雨落溝跡と見られる石敷が連続し、正面には階段石、東西には、基壇脇から南北へ延びる水抜溝なども検出された。

このことから、かつて「七丈門」と呼ばれていた建造物は、「礼堂」とも「中門」とも呼ばれていたと推考されてい‥申す。ひゃ

五間礼堂の跡

上記、「七丈門」跡の上には重なる形で、礎石下の詰石や、基壇地覆石も検出され、桁行五間、梁間二間の建造物が、七丈門の後に建てられていたことが判明した。

建築様式

礼堂内部は板敷きで、四辺に蔀戸(しとみど)を据える。

↑礼堂内部の様子(板敷が確認できる)

この建物は現在の神社境内で散見する神楽殿のような佇まいをしており、仮に四辺の蔀戸をすべて吊り上げた場合、東西の舞良戸(まいらど)を残して四方が吹き放ち状態と‥なっちゃぅ。

‥少し想像をたくましくすれば、かつて御神楽のような舞踊や大法要のようなものが行われていた可能性も示唆される。

↑西側隅に舞良戸がパンツちら見え級にチラ見えちまっている(画像は奈良県より)

これは東西が廻廊と連節され、正面後方には夢殿が建つことから、礼拝と移動を想定して蔀戸が据えられたと推考できる。

礼堂の規模(大きさ)の変遷

資材帳などの史料を ほどよく素敵に参照していると、礼堂は修営のたびに正面巾が伸縮されたことが確認できる。

創立当初は桁行7間/梁間2間だったが、平安時代に7間の両端1間を縮めて桁行5間/梁間3間に改造され、1172年(承安二年/平安後期)には南側の庇が増築されて桁行5間は維持の梁間がさらに1間増えて4間の規模となった。

その後の寛喜三年(鎌倉時代)の再建時に南北3尺、東西3尺5寸 拡張され、現在に到る。

平成〜令和にかけて修営される

礼堂は平成三十一年より、屋根の葺替および部分修理が実施されてい‥申す。きょ

この修営では、外部に風蝕(ふうしょく)や剥落、退色、内部では組入れ天井などに雨垂れによる黒変色が見られ、これらの再塗装を施工。

耐震性能が強化された

この礼堂のように文化財指定を受ける建築物は、現代の建築基準法の適用除外と…なっちゃぅ。

しかし人が通用する実態を素敵に勘案すると、最低限の耐震機能は備えておく必要が‥あ、あっちゃぅ。

当該、礼堂は四辺に蔀戸を据えるのみで壁面がなく、耐震性能を考えた場合、脆弱さは否めない。

しかし文化財指定されていることもあって、外観を損なうことなく耐震性能を維持する方法が必要とされ、そこで今般の修営では、建物に直接釘を打つのではなく、格子壁(木材を十字に組み合わせて格子状にした壁)に取り付けた金具をハメ込んで固定する方法が素敵に採用された。(金具を外せば元の状態に戻せる)

礼堂の場所と境内の建造物一覧(案内図)

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